11日目(ローマの英雄カエサル)

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あること・ないこと日記

今日は、特に書くこともないので、困ったときの過去の今日はどんな日。

遡ること、紀元前44年3月15日、かの有名なローマの英雄カエサルが暗殺された。
カエサルが暗殺された際、「ブルータス、お前もか」と叫んだというのはあまりにも有名である。

ガイウス・ユリウス・カエサルは、共和政ローマ期の政治家、軍人であり、文筆家。
彼の残した有名な言葉としては、「賽(さい)は投げられた」や「来た、見た、勝った」などがある。

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「賽は投げられた」は、軍人であったカエサルが元老院に背いて軍を率いて南下し北イタリアのルビコン川を通過する際に言ったとされる。ことの言葉は、”もう帰還不能限界点を越してしまい、もはや運命に向かって事は進み始めたので、最後までやるしかない”という意味である。

一方、「来た、見た、勝った」は、紀元前47年のゼラの戦いの勝利をカエサルが戦場からローマへ報告した際の言葉とされる。

ローマ内戦において、カエサル率いるローマ軍がナイルの戦いでプトレマイオス朝のファラオのプトレマイオス13世らを破った後、小アジアに派遣していたグナエウス・ドミティウス・カルウィヌスがポントス王ファルナケス2世に敗北したという報せが届いた。
カエサルは6月にエジプトを発ち、途中シリアやキリキアの安定化に努めながらポントスに向かい、8月2日、ポントス西部のゼラでファルナケスと会戦した。

会戦後、わずか4時間ほどでカエサル率いるローマ軍は勝利を収めた。このとき戦場からローマへ送った報告の手紙の文面が「見た、来た、勝った」である。
この言葉には、部下が散々苦労していた鎮圧をいとも簡単にやってのけたという、天下人の余裕といったものが表れている。

あること・ないこと日記

※本記事には、あること(ノンフィクション)と、ないこと(フィクション)が含まれます。