あること・ないこと日記

今日は、これからのせどりの可能性について考えてみた。

最近、GEO・2nd streetやTSUTAYAでは、コミックのレンタルサービスが提供されている。

中古のコミックを買い取って、それを売るという場合に比べると、レンタルで貸し出す方がいろいろとメリットがあるのだと、気が付いた。

まず、中古のコミックを販売しようとすると、一定数の在庫を抱えなければならない。

しかし、レンタルの場合だと、確実に需要(回転率)の見込めるコミックだけを在庫として持っていればよい。そして、需要がなくなった時点で中古として処分もできる。

以上は、事業を展開する側にとってのメリットである。一方、サービスを利用側にもメリットがある。

新品であろうと、中古であろうとコミックを買うよりは、借りる方が安くつく。そして、自分で所有するわけではないので、置き場所に困ることがない。

また、漫画喫茶に行って読むのと違い、ゆっくりと自分の家で読むことができる。

つまり、コミックのレンタルサービスとは、それを提供する側にとっても、利用する側にとってもおいしいサービスなのである。

こうした社会の動きは、せどりとも無関係ではない。

すでに、一定の市場を形成している電子書籍やレンタルサービスの市場拡大は、ある意味、せどりを生業とするものにとっては、死活問題であるといえる。

電子書籍やレンタルサービスの市場拡大とは、とりもなおさず、中古市場の縮小を意味する。

そして、ミニマリスとや断捨離などの持たない暮らしの広がりというものも、せどりを行うものにとっては、喜ばしいことではない。

CDが売れなくなり本が売れなくなり、Blue-rayが売れないという。こうした、視覚や聴覚のみで完結するものは、データ化することが可能であり、データ化してしまえば、物理的なスペースを取らないうえ、中古といった概念がなくなってしまう。

そうなると、そこに、せどりという可能性もなくなってしまう。

大量生産・大量消費の時代から適量生産・適量消費の時代へと転換しているのであれば、そこで必要とされる考え方は、リユースであり、リサイクルである。そして、レンタルやシェアである。

リユース・リサイクルとはとりもなおさず、中古ということであり、そこには、せどりの可能性がある。

これから、コミックの中古市場は縮小していくのかもしれないが、その一方で電化製品や実用品の中古市場はこれから、拡大していくのかもしれない。まだ当分はせどりの可能性が残されているのではないだろうか。

これからの社会の動向に注視していきたい。

あること・ないこと日記

※本記事には、あること(ノンフィクション)と、ないこと(フィクション)が含まれます。