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今日は、記事のタイトルの通り一歩も外にでなかった。
では、なぜ外に出なかったのか、このことについて考えてみた。
目次
外に出るということ
一日中、家にいて、一歩も家から出ないということは、普通の人とっては、あまりなことなのではないか。
つまり、普通ではない、ということである。
外に出ない人とは?
では、どういう人が、外に出ないのであろうか。私のように。
いくつのタイプが考えられる。
外に出る必要のない人
このタイプは、無職の人や、働いているが在宅で済む人などである。
取り立てて外に出る用事がなければ、その日は外に出ないということになる。
外に出たくない人
このタイプに当てはまるのは、外に出る用事がないわけではないが、外に出ないと決めた人ような人である。
代表的な例は、引きこもり。
外に出ることが不可能な人
病気のために、ベッドに寝たきりになり、外に出たくても、出られないという人もいる。
外に出ることを禁止されている人
また、体は健康で何の問題もないにも関わらず、外に出られないという人もいる。
外に出ることを禁じられている場合である。
例えば、塀の中の人など。
なぜ、私は外に出なかったのか?
私の場合は、上のタイプ分けで言うと、「外に出る必要がない」に該当する。
そう、必要がないから、外に出なかったのである。
私は、現在無職であり、また、実家暮らしのため、外に出なくても生きていくことはできるのだ。
そのため、今日は、取り立てて、外に出る用事がなかったので、外には出なかった。
そもそも、外に出る必要はあるのか?
ところで、果たして、外に出る必要はあるのだろうか?
外に出る理由が買い物のため、ということであれば、ネットと物流の発達した現代では、
必ずしも、外に出なくても、望みの品物を購入することは可能となっている。
しかし、髪を切ってもらう場合などには、外に出なければならない。
それに、外に出ないと言うことは、あらゆる意味で不健全である。
とすれば、やはり外に出る必要はある、ということになる。
まとめ
ここまでのことをまとめると、次のようになる。
一口に外に出ないといっても、外に出ない理由は様々である。
やっぱり、外に出ることは必要である。
明日は、外に出ようと思う。
※本記事には、あること(ノンフィクション)と、ないこと(フィクション)が含まれます。